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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)8485号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

三損害について

1 受傷、治療経過等<中略>

(三) 後遺症

<証拠>によると、原告は本件事故による後遺症として次のような内容の障害を被つたことが認められる。

(1) 傷病名 外傷性頭頸部症候群、腰椎椎間板ヘルニア術後。

(2) 症状固定日 昭和五五年六月七日

(3) 主訴・自覚症状 歩行、起立困難、腰背部痛、頭部痛、四肢のしびれ等。

(4) 他覚所見・検査結果

右症状固定日ころの星ケ丘厚生年金病院の診断によると、頸部以下の知覚鈍麻・四肢の筋力低下、握力低下、頸部運動制限著明、脊椎側彎症、体幹運動制限等が認められている。

また昭和五八年六月二日及び一四日の鑑定のための検診の際の鑑定人大石昇平の診断結果によると、

① 脊椎 坐骨神経痛性側彎と腰部の生理的前彎消失とがあり、両側腰部傍脊椎部・殿ママ部の圧痛点を認め、全般に亘つて棘突起の叩打痛を訴える。

② 頸部 痛みのため前後屈、回旋、側屈など正常の二分の一程度の可動制限があり、筋の圧痛著明、両側大後頭神経、大耳介神経、三叉神経第一板に著明な圧痛点がある。

③ 腹部等 腹壁反射、挙睾筋反射が両側共減弱。

④ 上肢 握力減弱、位置覚正常、運動失調の徴候は認められず、しびれ感を訴えるが表在知覚は正常。

⑤ 下肢 膝蓋腱反射、アキレス腱反射はほぼ正常、下腹部から両下肢の表在知覚の鈍麻はかなり著明で両下肢の振動覚、足拇指の位置覚などの鈍麻、各筋の筋力は非常に弱く、末梢に至るほど減弱の程度が強い、両下肢の下垂時の足関節の自動的背屈も困難。

などの所見が得られている。

(5) 心因的要素 星ケ丘厚生年金病院の心理テストによると神経症的(neurotic)及びパーソナリティーの問題もあると判定され、また前記鑑定のための検診の際行われた簡単な質問紙法による検査によると神経症的と判断してさしつかえない領域にあるとの結果が出ており、本人の訴える症状にはそれらに起因する愁訴もみられる。

(6) 日常生活 腰部に常時軟性コルセットを装着しており、長時間坐つていることができず、杖をつくか付添がないと歩行が困難であり、階段の昇降も休みながらでないとできない。鍼灸院や接骨院などで対症的治療を継続している。昭和五八年一二月以降近畿学園で身障者の職業訓練を受け、翌五九年四月中央電報局に採用された。

(7) 自賠責保険の関係では後遺障害等級一二級該当との事前認定を受け、また鑑定人大石昇平の観察によると労災後遺障害等級表からみて九級程度であると判断されている。

以上の事実が認められる。もつとも、前記<証拠>(新千里病院診療録)によると、昭和五四年七月一九日に症状固定しているかのような記載があり、<証拠>には原告の後遺症は昭和五四年一二月一〇日に症状固定した旨の記載部分があるが、鑑定の結果に照らしいずれもにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、前記((二)治療経過)認定事実によると、原告は症状固定のあつた昭和五五年六月七日より後にも通院治療をしている事情があるが、これは後遺症として残存した前記((3)、(4))症状についての対症的治療を受けているものであり、既に症状固定のみられたことと矛盾しないことはいうまでもない。

2 治療費

<証拠>によると、原告は本件事故による受傷の治療のため、別紙治療経過等一覧表の病院名に記載の各病院において、同表治療費欄に記載のとおり治療費(ただし原告が本訴で請求する範囲内のものに限定。)を負担したことが認められるが、前記1の(三)(後遺症)で認定したとおり原告の前記後遺症の症状固定日は昭和五五年六月七日であるから同日後の治療費は本件事故と相当因果関係がないというべきであるし、前記野々熊鍼灸院への通院治療も医師が必要性を認めて指示したものとも、また他に必要性・相当性を認めるべき証拠もなく同院での治療費を本件事故と相当因果関係があるものと認めることができないから、原告が本訴で賠償を求めうべき相当因果関係の範囲内の治療費の損害は一八万九六〇九円と認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。これら症状固定後に通院している事情は慰藉料算定上斟酌するのが相当である。<中略>

7 休業損害

<証拠>によると、原告は昭和二四年二月一三日生まれで、大学卒業と同時に父伸義が設立し代表取締役をしていた(同五一、二年ころ以降は兄英洋が代表取締役の地位を承継している。)有限会社谷本運動具店に入社し営業関係の業務一切を受け持つてきており、本件事故当時は専務取締役(ただし未登記)として弟と一緒に販売部門を担当し月収平均約二五万円、賞与年額約一〇〇万円を得ていて昭和五三年九月から一一月までの収入合計額は七六万八〇〇〇円であつたこと、本件事故後しばらくは同会社から生活費ないし給与を受けていたが、その後は親兄弟から援助を受けていたこと、原告は昭和五八年一二月以降近畿学園で身障者の職業訓練を受け翌五九年四月中央電報局に採用され勤務時間を軽減されて、稼働しており月収約一〇ないし一三万円を得ていることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、有限会社谷本運動具店は原告の親の代からの家業としての性格を有し原告は事実上取締役の地位にあつたものであるから、原告の同社からの報酬は労務の対価たる部分のほか実質は利益配当にあたる部分をも含むものとみるべきであり、したがつて当該報酬全額を直ちに労務の対価として受けていたと認めるのは相当でないし、また労務の対価にあたる額を明らかにすることもできないので、結局原告の休業損害及び逸失利益の算定基礎としては客観的な指標である賃金センサスによる大卒者の平均給与額を採用するのが相当である。そこで本件事故後各年の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者旧大卒・新大卒に基づき原告の当該年齢の平均給与額を求めると、昭和五三年(二九歳)は二五九万三七〇〇円、同五四年(三〇歳)は三五九万一二〇〇円、同五五年(三一歳)は三七九万三一〇〇円となる。

なお、前記認定事実によると、原告は本件事故後も谷本運動具店及び近親者から生活費ないし給与として金員の支給を受けているけれども、これらはその名目はともかく同社の取締役たる原告に対する実質的な利益配当ないし親族の情誼及び共同生活上の特段の配慮に基づくものと認められるから、休業損害から控除するのは相当でない。

前記1(受傷、治療経過等)で認定した原告の受傷内容、治療経過によると、原告は本件事故による受傷により昭和五三年一二月一一日から症状固定日である同五五年六月七日まで休業を余儀なくされたと認められ、前記算定基礎により原告の休業損害を算出すると左記のとおり合計五三八万八二四九円となる。

(内訳)

(1) 昭和五三年分(休業二一日間)

二五九万三七〇〇円×(二一/三六五)

=一四万九二二七円(円未満四捨五入。以下同じ。)

(2) 昭和五四年分(休業終年)

三五九万一二〇〇円

(3) 昭和五五年分(休業一五九日間)

三七九万三一〇〇×(一五九/三六六)

=一六四万七八二二円

8 逸失利益

前記1(受傷、治療経過等)のとおりの原告の後遺症の内容、程度、原告の訴える現在の症状の中には心因性の愁訴とみられるものを含んでいること及び前記7(休業損害)のとおりの原告の現在の勤務状況、給与並びに弁論の全趣旨によると、原告の右後遺症による労働能力喪失率を三〇パーセント、労働能力喪失期間は、本件事故と相当因果関係を有するものとして前記認定の症状固定日以後少なくとも一〇年間と認めるのが相当であり、また算定基礎たる年収は前記7(休業損害)の昭和五五年賃金センサスによる平均給与額三七九万三一〇〇円を採用すべきであるから、これらを基礎として原告の本件事故と相当因果関係のある後遺症による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して(その係数7.9449)症状固定時の時価を求めると九〇四万〇七四〇円となる。

(吉田秀文 加藤新太郎 五十嵐常之)

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